グラッサーの認めた過ちと率直な反省

誰にでも過ちはある。基本的欲求の段階説を提唱したA. マズローは、晩年、側近の者に、欲求を段階的に捉えていたのは間違いだったと言った。私はこの話しをブラッド・グリーン博士から聞いた。(グリーンはアポロハイスクールの校長だった。)マズローは何も言わずにこの世を去ることもできたはずだが、恐らく何年にも渡って考えあぐねていたのであろう。グラッサーの提唱する基本的欲求には段階はなく、強弱があり、この強弱がその人の性格となって現れる,と説明される。基本的欲求を段階説でない捉え方のほうが使いやすい。

グラッサーは「当然の結果」という概念をあるときから、使わないとした。外的コントロールになってしまうことが多いからだと言う。

グラッサーは、まだ教育訓練センターがあった頃、1977年「テン・ステップス」と呼ばれるプログラムを開発し、このプログラムは多くの学校で活用された。規律違反の問題への対処の仕方を教えるものだ。これは多くの学校関係者に受け入れられた。「停学処分は中学校、高校で50%から80%減少。「テン・ステップス」を導入した中学校では落書きが40%から90%減少。テキサス州ヒューストン市のジャーシー・ヴィレッジ高校(Jersey Village High School)の証言によると、この手法が導入されて以来、規律違反者の再犯は88%減、けんか90%減。中途退学は18%から6.3%に減少した。」(グラッサーの伝記より)これほど効果のあるものを、グラッサーは後に「間違いだった」と撤回している。

同じ1977年グラッサーは選択理論の基になる書籍『行動:知覚のコントロール』(パワーズ著)を手にして読み始めていた。ここから選択理論が提唱されるようになるのであるが、グラッサーは「動機」についてこれまでとは違う考え方をするようになった。『落伍者なき学校』(1969)を世にだしたときには、まだ気付いていないことだった。外的コントロールを徹底して排除しようとするときに、自ら創った手法さえ「間違いだった」と排除した。私が同じような立場にいたときに、これほど効果があると賞賛されている「テン・ステップス」を排除しただろうか?こう自問自答するときに、グラッサーの素直さ、誠実さが感じられる。それ自体問題のない書籍でも概念でも、外的コントロールの要素が入っているものは、排除された。その一例が『Restitution』であり、『テン・ステップス』だった。日本でも学校現場での規律違反にどう対処するか、という類いの書籍やプログラムが、われわれの仲間から出版されないことを願うものである。グラッサーの主張は、システムを変えることである。これこそが,根本的な問題解決なのだ。過ちを繰り返してはならない。

柿谷正期(日本選択理論心理学会会長)Newsletterより

Leave a Reply

Your email address will not be published.