全国学力テストの問題点

全国学力テストが全員参加ではなくなり抽出調査となったことへの反論として、2009年11月29日読売新聞の社説で、「適度な競争こそ刺激になる」と論じられていた。社説は抽出ではなく全校が参加するテストにするべきだと主張する。この主張には問題点がふたつある。ひとつ目は、教育界での競争についての考え方である。社説が主張する「適度な競争」という「適度」はだれが決めるのか。二つ目は、全国学力テストは良いものだと考えているが本当にそうなのか。競争に関しては、激しい競争は問題だが、適度な競争は教育界では必要であると多くの人は考えているようだ。ところがクォリティ・スクールでは、競争ではなく協力することで、最高の学習ができると考える。ジョンソン(Johnson,1993)らは、『学習の輪』を著し、単独よりも競争よりも、共同学習の有効性を説いている。
学力テストについて反対の立場を常に主張している米国のリンダ・マクニール(Linda McNeil)博士の名前は、グラッサー博士の著書で随分前に知った。以来気になる存在であった。アメリカでは標準化された学力テストを生徒は何度も受けなければならない。フロリダ州のブレイクアカデミー校を訪ねたときに、転校して来た生徒が家に帰って、「お母さん、今度の学校少し変だよ。だれもエフキャット(FCAT)の話をしていないよ。」と話したと聞く。ブレイクアカデミーは選択理論に基づくグラッサー・クォリティ・スクールの取り組みをしている学校で、学力テストに焦点をほとんど当てていない。FCATはFlorida Comprehensive Assessment Testのことで、日本でいう小学3年から中学2年まで毎年、そして高校1年と2年に受験しなければならない。小学4年生に進級するために小学3年生で受験してパスしなければならない。アルフィー・コーン(Alfie Kohn)はThe Case Against Standardized Testingを著して、学力テストの問題点を指摘している。皮相的な見方からは学力テストの問題点には気付かないが、今の日本の状況でも、プレッシャーを感じた学校が得点を上げるためにしていることを漏れ聞いている。得点の取れない生徒を対象外としたり、教師が得点を意識するあまり、授業そのものが学力テストのために予備校化するということがあり得るようだ。大阪府でも知事が全国比較で得点の低いことを意識して、学校評価、ひいては教員評価に結びつくようなプレッシャーを感じさせる発言をしている。教育改革のための学力テストのはずであるが、学力テストをすればするほど、教育の質が低下するという皮肉なことが起こっている。各界のリーダーの多くは、必ずしも教育の専門家ではない。こういう人たちが教育の根幹となる政策を立案し、教育と企業を同一レベルで考え、難しくすることは、良くすることであるという誤った考えから、真に生徒のためにならない政策が実施されている。学力テストについては米国の失敗から学ぶべきであろう。 柿谷正期(日本選択理論心理学会会長)

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