2009年5月27日午後3時10分、ホッファー博士は息子さんと娘さん、それにカーター博士に見守られて静かに逝かれた。1917年11月11日生まれで、満91歳であった。8年前に奥さんを亡くされており、11年前には息子さんをひとり亡くされている。娘さんと息子さん、そして4人のお孫さんが残された。精神医学の領域だけでなく、医学の領域全体で、偉大な足跡を残された。特に、精神病の治療の改善に取り組み、多くの実績を残された。
私がホッファー博士のことを知ったのは、米国留学をしていた1968年から1978年の間であった。恐らく後半であったと思う。統合失調症の80パーセントは治ると主張されていることを何かで読み、それが頭の片隅にいつもあって、気になっていた。当時も今も統合失調症に「治癒」ということばは不適切であると言われ「寛快」ということばが使われている。ホッファー博士との紙媒体での出会いがあったからこそ、私は分子栄養学にも目覚め、発達障害の代替療法も受け入れやすかったのだと思う。何年か前、ニューヨークでホッファー博士と出会い、HODテストの日本語版(アチーブメント出版)もその後出版し、時折メールで質問もさせていただき、ナイアシンは肝臓障害を引き起こさないということも教えていただいた。ホッファー博士著『ビタミンB3の効果』『統合失調症を治す』は大沢博先生によって翻訳され、日本における精神疾患の治療の改善に大きな貢献がなされている。
ビタミンCとナイアシンを使った統合失調症の治療は、多くの成果を生み出している。アドレナリンが酸化してアドレノクロムに変化すると、メスカリンという幻覚誘発剤と似たような化学物質となる。その酸化を防ぐ安全な方法として、栄養療法が行なわれるようになった。ノーベル賞受賞学者のライナス・ポーリング博士(1901~1994)は分子整合医学Orthomolecular Medicineということばを造りだした。ホッファー博士と連携しながら、分子整合医学の発展に寄与された。Recovery from the Hell of Schizophrenia (Carlene Hope著)に寄稿を求められて、ホッファー博士は「統合失調症の遺伝子がうらやましい」とまで書かれている。統合失調症患者が創造的であることと、治癒させることができるとのの確信があるからであろう。ひとりの青年が統合失調症と診断されて入院したときに、病院の主治医は一生出られないので、息子さんがいたということは忘れなさいと父親にいった。父親は調査の結果、ホッファー博士と連絡をとり、息子さんは退院し、その後医師になっている。ホッファー博士は言った。その主治医は正しい。従来のやり方では退院は見込めないからだと。ホッファー博士、ありがとう。
柿谷正期(日本選択理論心理学会会長)