「イラッ」とするは随意行動

 この記事を見て、天秤が傾く人がいると思います。これまで「イラッ」とするのは不随意行動と思っていた人です。随意行動は自分の意のままにコントロールできるものです。不随意行動は自分が意のままにコントロールできない行動を指しています。天秤が傾くときの表現として「イラッ」を使っているのでしょうが、あまりにも速く出てくるので自分が選んでいるとは思えないのでしょう。
 この「イラッ」とするという表現は英語ではなんというのだろうと浜田富美子さんに聞いてみました。「私なら」という前置きで「annoyed, irritated, agitated」などを使うかな、ということでした。英語の表現は選択した行動を示唆しています。イライラを選択した人は、「イラッ」としたという表現を使っていますが、この「イラッ」は自分の意のままになる随意行動です。不随意行動とするなら「ウッ」という表現が当たっているのではないでしょうか。イライラを選択した人はイライラするような考え方をしています。そして自分の考えは自分の選択とするならイライラも自分が選んだ行動です。
 行動は自分の選択だとわかると自分に責任があると感じます。自分が望むようなことを相手がしてくれないと、私たちのうちに「人を変えたい」という思いがあるので、イライラを選択してしまいます。しかし、「相手が変わるかどうかは相手が決めること」、「相手を変えることはできない」と理解している人はあまり「イライラ」を選択しないでしょう。子どもが泣いているのは自分の得たいものと、いま手にしているものの差が大きいからでしょう。行動のシステムには「泣く」という行動が入っています。親のすることは泣くのを止めなさいではなく、「泣きたくなることあるよね」「でも泣くなら廊下で泣いてね」「泣くのを止めたら部屋に入ってきていいよ」と接することでしょうか。泣くのは自分の選択だと早い段階で知った子どもの成長は楽しみですね。
 グラッサーは自分が選択していない行動は「くしゃみ」くらいかな、と言われたことがあります。他のほとんどは自分の選択です。ただ鼻の中にティッシュで作ったコヨリを入れたらクシャミも自分の選択した行動となるでしょう。コヨリを使いながら「クシャミは自分の選択ではない」とは言えないですね。コヨリを使うのを止めれば、不快な行動は少なくなるでしょう。
                柿谷正期(日本選択理論心理学会会長)
 JACTP News Letter 85号

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