グラッサー博士は、講演を聴いた人や、読者から手紙をたくさん受け取った。その多くは、感謝と質問の手紙だった。そのやりとりがそっくり箱に入って保存されていたという。途中からインターネットを使ったメールのやりとりになるが、事務局のリンダ・ハーシュマンさんがそのやりとりをも保管していた。私もたくさんの手紙を受け取り、メールでの質問を受けたが、そのやりとりは保存されていない。精神障害者のグループホームとして建てた大磯ハウスを、継承者がいないことを大きな理由として手放すことにした。書斎に手紙がたくさん保管されていたが、それへの回答は手元にはない。今回潔くシュレッダーにかけ、あるいは溶解処分にしている。グラッサー博士の回答が残っているということは、コピーをいちいち取っていたということで、亡くなったリンダさんの取り組みはすごいものだったのだ。ただただ感嘆するばかりだ。
この度、それが本になって出版された。『Thoughtful Answers to Timeless Questions』という題名の書籍だ。12章に分かれており、交際、結婚、育児、教育、依存症、犯罪矯正、軍、職場などが取り扱われている。その中で2005年のやりとりがある。過去に関するやりとりだ。過去の性的虐待、PTSD、悲嘆・喪失にどのように対処するか?基礎プラクティカムを担当した講師が答えられないので、グラッサー先生に質問するように言われた、という内容であった。以下は回答の要約である。
どんな悲惨なことが過去に起こったとしても過去は変えられない。人は現在に生きているので現在欲求充足をするしかない。過去に虐待を受けた人は、現在の問題に直面している。その問題の99%は、良好な人間関係の欠如ということだ。これは本人、あるいは周囲の人が外的コントロールを使っているからだ。従って、過去ではなく将来に焦点を当て、良好な人間関係を現在見つけ、さらに良好なものにすることだ。良好な人間関係を現時点で創造できれば、過去にどれ程ひどく苦しいことを体験していたとしても、良い人生を送ることができる。人はPTSDで苦しむのではい。悲嘆体験もせいぜい6ヶ月、長くても1年。時間が経過しているのに、なおも悲嘆にくれているのは、現時点でそれに代わる人間関係を持っていないことにある。過去を埋め合わせるという考えは受け入れがたいかもしれないが、現在を扱う以外にできることはない。(pp.6-8)
柿谷正期(日本選択理論心理学会会長)
日本選択理論心理学会ニュースレター76号より